不安はなぜ夜に強くなるのか?「意志の弱さ」ではない脳と心のメカニズム

不安はなぜ夜に強くなるのか?「意志の弱さ」ではない脳と心のメカニズム

2025年12月15日(月)

「夜になると、どうしようもない不安に襲われる」
「昼間は何とかなるのに、暗くなると悪いことばかり考えて眠れない」

不安障害やメンタルヘルスの不調を抱える方から、診察室で非常によく聞かれる訴えです。
周囲が静まり返った部屋で一人になると、強い孤独感に苛まれ、将来のことや自分の欠点ばかりを考えすぎてしまう。
そして、一度膨らみ始めた不安が雪だるま式に大きくなり、動悸や焦燥感で眠れなくなる……。

こうした経験は、決して「意志の弱さ」や「性格」のせいではありません。
実は、夜という時間帯そのものが、人間の心を不安にさせやすい条件を備えているのです。

1. なぜ「夜」は不安を増幅させるのか

夜になると不安が強まりやすくなるのには、主に三つの科学的・心理的な理由があります。

① 外部刺激が減り、注意が「内面」に向く

昼間は、仕事や家事、周囲の会話、街の景色など、私たちの注意を「外」に向ける刺激が溢れています。
脳はそれらの情報を処理するのに忙しく、不安があってもそれだけに意識が集中し続けることは少なくなります。

しかし、夜になり周囲が静かになると、情報の流入が途絶えます。
行き場をなくした意識は、自然と自分の内面へと向き、
「過去の後悔」や「未来への心配」といった不安の種を掘り起こし、執着しやすくなるのです。

② 脳の「ブレーキ機能」が弱まる

脳には、不安や恐怖を司る「扁桃体」と、それを冷静にコントロールする「前頭葉」があります。
一日の終わりには、前頭葉はすでに疲労しており、感情を抑える力が低下しています。

いわば「心のブレーキ」が効きにくい無防備な状態です。
昼間なら「なんとかなる」と思える小さな悩みも、夜の疲れた脳には大きな脅威として感じられてしまいます。

③ 本能的な警戒感と孤独感

人間は進化の過程で、暗闇を危険なものとして警戒してきました。
現代でも、暗闇や静寂は無意識に緊張を高めます。
夜に感じる独特の孤独感は、この本能的な不安を刺激し、神経を過敏にさせます。

この身体的な緊張が、心理的な不安をさらに増幅させてしまうのです。

2. 「朝」になれば景色が変わるという事実

多くの方が、「夜は絶望的だったが、朝になると少し楽になる」と感じた経験を持っています。

朝になり太陽の光を浴びると、脳内では心を安定させるセロトニンの合成が始まります。
生活音が聞こえ、身体を動かし始めることで、注意は再び外の世界へと引き戻されます。

「夜はつらいが、朝は何とかなる」というサイクルは、不安障害では非常によく見られます。
夜の静寂の中で出した最悪の結論を、そのまま現実の真実だと受け取る必要はありません。
それは、疲れた脳が一時的に見せている偏った見方に過ぎないのです。

3. 夜の悪循環:やってはいけない「答え合わせ」

夜に不安が強まったとき、多くの人がやってしまいがちなのが、
「今のうちに答えを出して、スッキリしてから寝よう」と考えてしまうことです。

しかし、夜の脳は冷静な判断に向いていません。
この時間帯に結論を出そうとすると、思考はネガティブな方向へ偏り、
考えれば考えるほど不安が強まり、目が冴えてしまいます。

これが、夜に起こりやすい思考の悪循環です。

4. 夜は「考える時間」ではなく「終わらせる時間」

不安障害への対応として大切なのは、「夜は不安と向き合わない」と決めることです。

夜の不安は、その場で解決しようとしなくても大丈夫です。
睡眠をとり、脳を休ませ、朝を迎えるという時間の経過こそが、何よりの回復につながります。

不安を無理に消そうとするのではなく、
「不安があっても、今日という一日を静かに終えること」を目標にしてみてください。
夜は問題を解決する時間ではなく、心と体を休めるための時間なのです。

おわりに

夜の不安に押しつぶされそうになったとき、自分を責めないでください。
それは、今日一日を一生懸命に生き抜き、脳が休息を求めているサインです。

「今は不安にとらわれやすい時間帯なんだ」と割り切り、
思考を一度手放して休む。
この習慣が、不安を長引かせず、明日を少し軽く生きるための大切な一歩になります。

高橋心療クリニック
院長 高橋道宏

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